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Śĕrāp_îm

リリース未定。リリースファーオお待ちしてます✌(‘ω’)

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「救済」、「救われる」とはどういうことなのでしょうか。これは一種のトートロジー(同語反復)になりますが、キリスト教の表象からすると、終わりの日に永遠の命が得られる、という考え方です。われわれのイメージからすると、人間の存在が永続すること、個別性をもって「在る」が続いていくこと。それが「救い」なのです。そこにおいては、歴史もすべて終焉します。仏教では対照的に、これは輪廻転生の世界から永遠に抜け出せないような、迷いの極めつきの状態です。
 ただし、現在は救いに向けた中間時なので、最後の救いの瞬間になるまで、われわれには具体的な像はわからないのです。そうすると、最後の瞬間に火に焼かれず、保全されるほうのリストに自分が選ばれているという確信を持つことこそが「救い」です。キリスト教の内在的論理だと、そうなります。
 これを受け入れるかどうかは、究極的には各人の趣味の問題です。キリスト教のように有の論理を取るか、仏教のように無の論理もしくは空の論理を取るかという立場設定の問題なのです。つまり、どちらが正しいかを争っても意味はありません。ただし、日本を含めた仏教的な文化圏は後者を取りますが、それ以外の世界では前者を取ることになります。つまり現在の世界では、自己が永続することに意味を見いだすのが、圧倒的多数派なのです。
 私たち日本人は、他の世界の人たちと、地の刷り込みが逆なのです。だから、日本の常識はだいたい世界の非常識になる。これは多数派/少数派の問題です。ただ私の場合は、地の刷り込みが一般的な日本人とは逆だから、日本では少数派ですが、国際的なスタンダードでは、多数派の発想になるわけです。ただ私も日本人だから、日本の発想のあり方がヨーロッパ人やアメリカ人よりはよく分かる。そういう重層構造です。
http://webheibon.jp/blog/satomasaru/2008/03/6.html (via hinomaruko)

349 notes

かつて、日本のコンピュータ技術を、たった一つの技術にまとめ上げようとする計画があった。
「Σ(シグマ)計画」
Σとは、統合を表す。
官僚による、コンピュータ技術の統合。
しかし、
通産省の主導の元、総額250億円にのぼる国家予算を費しながら、コンピュータ技術の発展になんの功績も残さず、計画は水胞に帰した。

これは、膨大な国家プロジェクトの、失敗の物語である。

プロジェクト×(ペケ) −失敗者たち−
「Σ(シグマ)計画」

「庶民にとってコンピュータは遠い存在だった」
「すり替えられた目的」
「はびこる腐敗」
「ロースペックに敗けた」
「口を閉ざす人々」
「闇に葬られたプロジェクト」

1984年
通商産業省。通称、通産省の役人が、一人の男の元に訪れた。
岸田孝一。
当時、まだ珍しかった独立系(どのハードメーカーにも属さない)ソフトウェア会社を興した男である。
やって来た役人は、岸田に切り出した。

「通産省では、ソフトウェア産業の発展のために、国家事業を興そうと考えてます。なにか、良いアイディアはありませんか。」

岸田は、率直に自分の考えを述べた。

「ソフト開発に携わる者が自由に利用でき、技術や情報を交換できる全国的なネットワークを整備するというのはどうですか。」

岸田の頭の中には、アメリカのソフトウェア業界がモデルとして、あった。
アメリカのソフトウェア開発は、在野のプログラマ達の、相互の積極的な情報交換や交流によって、活発化していた。
一方日本では、まだ、ソフトウェアはハードウェアのおまけでしかなかった。
ソフトウェア開発者はハードウェアメーカーの社員であり、自社のハードウェアを効率良く動かせるソフトウェアが作れれば、それで、良かった。

「研究者同士、開発者同士の横の交流や、切磋琢磨し合える環境ができれば、日本のソフトウェア技術は、より発展するはずだ。そういった、草の根運動の手助けになるようなプロジェクトが、できないだろうか?」

それが、岸田の考えたことだった。

1985年冬、通産省により新しいプロジェクトが興された。
それは、一見、岸田の願ったもののように見えた。

「Σ(シグマ)計画」

それが、プロジェクトの名前だった。
Σとは、総和を表す記号。
日本の技術の総和を生み出すプロジェクトとして、そう名付けられたこの計画は、やがて、岸田が望んだものとは大きく違う姿を見せていくのだった。


通産省による具体的なプランニングが進むにつれ、メインフレーム(大型のコンピュータ)コンピュータなどのメーカーがプロジェクトに参賀し、あからさまに、これを牛耳ろうとし始めた。
通産省も、それを黙認していた。
ハードウェアメーカーと通産省の間には、長年に渡って築き上げられてきた強力なつながりがあったからだった。

メインフレーム・メーカーは、こぞって自分達の時代遅れのシステムを、Σの標準仕様として設定するよう働きかけた。
通産省は、大規模なΣの情報センターを東京にだけ建設することを決めた。
岸田等がそれを知った時には、そこに4台のメインフレーム・コンピュータが設置されること、そのメーカーまで、全て決まっていた。
岸田を始め、アイデアの立案に関係した技術者達は、怒った。

「もっとも、通産官僚の頭の中では、それほど矛盾は無いかもしれません。何回か議論していてわかったのですが、彼らは、メインフレーマー(メインフレーム・メーカー)のソフト部門こそが日本の情報産業の中核であり、そこに蓄積された”優れた技術”をまだ”脆弱な”ソフトウェア・ハウスに移転することが必要だと、かたくなに信じているのですから。」
やがて二つの立場は、激しく対立した。

ソフトウェア業界の技術者は言った。
「Σは、本質的に技術思考のプロジェクトだ。開発成果の商業的な成功もだけでなく、それを作り上げて行くプロセスを通じて、業界内部のより高い技術への移転を加速させることの方が重要だ。」

ハードメーカーから来た技術者は言った。
「いや、研究開発の色合いは極力排除し、ソフトウェア技術者が、それを使えばただちに開発生産性が向上するようなシステム(ツールやネットワークやハードウェア)を作り、それを販売・流通するネットワークの構築こそが重要だ。」

通産省は、後者の立場を採り入れた。

岸田は、プロジェクトから降りた。

ある日、Σ計画の勉強会がとあるビルの一室で行われた。
当時、入社したての技術者だった藤本裕之。
同僚とともに、これに出席した。
あぜんとした。

「ともかく虎ノ門だか霞ヶ関だかの会場に着くと,オレたち以外はみんな偉そうなヒトなので驚いた。言ってはなんだがダブルの背広着て扇子で自分をあおいでるシラガの爺さんまでいるもんだから,田舎の選挙かと思ったね。で,そういうヒトたちはみんなかねてよりの知り合いらしく,ワキアイアイ,アイマイモコモコと談笑してる。オレとコンドー君だけまるで異物,ジャジャ丸とピッコロの着ぐるみを着て宮中晩餐会にいるみたい。誰も話しかけてこないんだけど,みんなが目から「ナンデアンナヤツラガイルンダ光線」を撃ってくるんである。」
やがて、勉強会が始まった。
若い、通産省の役人が、Σ計画の説明を始めた。

「来るべき、ソフトウェア技術者不足に確実に対応するための、計画だ。」

男は、しばらく計画について話し、帰った。
昼食後、再び勉強会が始まった。

司会が言った。

「では通産省のセンセイもお帰りになりましたので,われわれはお金になるビジネスの話をいたしましょう」

参加者の目が輝き始めた。
そこから始まったのは、どんな企画を出せば、通産省から「Σ関係」名目で予算を絞り取れるかという話だった。
藤本と同僚は、呆れた。

やがて、Σ・ワークステーションのモデルとして、SystemV系のUNIXワークステーションが引き出されてきた。

藤本と同僚以外、それに興味を示す者は、いなかった。
そうして、勉強会は、終わった。

藤本と同僚は、帰り道、どちらとも無く言った。

「この計画は、失敗だ。」

この想いは、現場の技術者達が、皆考えたことだった。

「だってだぜ。この計画はおどろくなかれコンピュータはこれ以上進歩しない,という前提に立ってたのだ。とまれ,Σ計画の眼目は「ソフトウェアの部品化とその集中管理」にあった。全国の「Σ・ワークステーション」で作られたソフトの部品を通産省内に構築する予定だった巨大なサーバで一元管理,供給する。昨日高校を出たばかりの青少年でもその部品を電子ブロックみたいに組み合わせてプログラムが作れます,プログラマーは「工員」みたいなもんになります,ほおらソフトウェア技術者は足りなくなりませんよ,とこういうわけだったんだ。」

「この計画ではそういう「部品」としてのソフトウェアは通産省のホストに自然に集まるみたいな話だった。どこのバカが自分の作ったソフトウェアを,それを部品として使う将来の商売敵のために無償で提供するのだ? 通産官僚は出世する,ハード屋はシグマ・ワークステーションを作って売る,汝プログラマー飢えて死ね,あとで部品の組み立て工として安い賃金で雇ってやる,という計画だったのである。」


Σの名を冠するソフトウェアやハードウェアが、次々販売され始めた。
そのどれもが、現場の技術者達の不評によって迎えられた。
だが、企業の経営者達は、”Σ”の名を、盲目的に、信じた。

販売が始まった時、それは、既に時代遅れだった。
ほどなくして、それは、前時代の遺物となった。

こんなことがあった。
あるソフト会社がΣ関係のソフトウェアの開発を依頼された。
散々苦労した上で出来上がったソフトウェアは、余りに低速だった。
だが発注した企業は、Σの名と、とりあえず動いたことに満足し、高速化を進めるように言ってきた。
ソフト会社はさらに試行錯誤を繰り返し、やがて、こう結論を出した。

「Σを使わず、他の普通のコンピュータを使えば、100倍早くなる。」

Σの名を冠するものと、普通に流通しているコンピュータの格差は、そこまで開いていた。

やがて、Σの名を付けても、商品が売れなくなった。
ある会社の販売部長は部下に檄を飛ばした。

「地方だ。地方なら、Σはまだ売れる。」

また、ある会社の企画担当は言った。

「今なら、競争相手も減った。Σの名で予算を獲得するチャンスだ。」

その最盛期、あらゆるメーカーがΣの名を製品につけたがった。
数年後、あらゆるメーカーが、製品の名からΣの名を、外した。

失敗は、あまりに明らかだった。
だが、通産省と全国のメーカー、技術者を巻き込んだプロジェクトだったから、それを公表することは、危険だった。
Σは、その後長い間人々の禁句となった。

1990年12月21日号の日経コンピュータ誌。
こんな特集が組まれた。

「Σ計画の総決算—250億円と5年をかけた国家プロジェクトの失敗」

1984年に企画され、始まった一大プロジェクトは、こうして失敗した。


その後の「Σ計画」

2000年春。
通産省は、「未踏ソフトウェア創造事業」というプロジェクトを始めた。
毎年、8月を〆切として企業ではなく、個人、あるいはグループのソフトウェア開発の企画を募集し、それに対して援助するという事業だ。
国が進める「IT革命」絡みの事業であった。
それに飛びついた者の多くは、かつてΣ計画に飛びついたメインフレーム・メーカーのように、いかに予算を絞り取れるかだけに興味を抱いた。
プログラマ達の質問に対し、通産省の役人はしどろもどろだった。
状況は、大きくは変わっていない。

だが、その説明の文章の中で、通産省は、Σ計画が失敗であったことを自ら認めた。

Σの失敗が、生かされる可能性がでてきた。

今年の募集は2月以降に始まる。

2001/2/26

「Σ(シグマ)計画」プロジェクト×(ペケ)

(Source: petapeta, via butazuratruk)

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345 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/10/04(木) 11:33:55.96 ID:Ob8Lk50D0

従兄弟の高校が宇佐高校。体操着とかにでっかくUSAって書いてある。
で、「紛らわしいからやめろや!」って米大使館からクレームが。
校長様「アメリカが出来る前からここは宇佐じゃい!」と宇佐の歴史とかをまとめた論文を送りつける

米大使館、引き下がる。

てんこもり。 【VIP】学 校 で あ っ た 珍 事 件 (via wideangle) (via tiga) (via kml) (via teotr) (via tomisima) (via wrigley)
2008-10-06 (via gkojay) (via mihomihosuzuko) (via kimaman) (via ishida) (via mtsuyugu) (via oosawatechnica) (via akko2524) (via yoconyan) (via roland303) (via kenzziphone) (via cherub69) (via sh2nat) (via n0mzk) (via yutoyuto) (via ymrl) (via udonchan) (via ktsujichan) (via uessai-text) (via beckhastwodogs) (via budda) (via fukumatsu) (via onehalf) (via yellowblog) (via t01353ak) (via mayoreta) (via jyamil) (via fumi-tano) (via maitail) (via korori38) (via hepton-rk) (via himmelkei) (via aki373) (via hkdmz) (via fake-dolphin) (via ftth) (via toronei) (via katoyuu) (via yokubasama) (via butazuratruk)

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533 水先案名無い人 :2008/03/16(日) 00:35:26 ID:0NEj5jHf0

>・MicrosoftがDreamcast開発チーム「通称:ドワンゴ」を売却 → たらい回し → 着メロで一発当てる → ニコニコ動画
この部分のドワンゴサイドの話もあるね。

104 名前: プロ棋士(京都府) [2007/12/22(土) 23:38:54.83 ID:dHV1NSBB0]
■ドワンゴ
セガ、NEC、マイクロソフト等による一大プロジェクト「ドリームキャスト」に際し、
マイクロソフトがWindowsCE用DirectX開発会社として設立。
本社から与えられた豊富な運転資金は社名の買収に全てを使い果たす馬鹿
ぶりを当初から発揮。

そして出向させられたマイクロソフト社員達は仕事もせずに2chに興じる毎日。
子会社とはいえ、マイクロソフト社員であるにも関わらず、主にUNIX板に出現し、
彼らはFreeBSDの素晴らしさとWindows、Linuxの愚かさは説いていたという。

そして訪れた2ch閉鎖騒動。
(詳細はフラッシュ参照: http://storage.irofla.com/?name=unix&type=swf
腐ってもマイクロソフト直属のプログラマ達。
本領を発揮し、2chを救う。

その騒動の直後、彼らは偉そうに「そこにソースがあるから」などと意味不明な
事を言うも、疎かにしていた本業のドリームキャストが、いつの間にか撃沈。
そしてマイクロソフト本社はドワンゴの売却を決定。涙目になったのであった。

その後、紆余曲折の末、上記の騒動の時に出来たつてを辿ってひろゆきと合流。
ニワンゴなどという訳の解らないものを立ち上げ、今に至る。
XBOXの歴史:アルファルファモザイクだった (via mujako)

(via butazuratruk)

4 notes

放映当時、一部媒体でガスのフルネームが「ガス・ヤマモト」であるとされた。『月刊OUT』の特集記事によれば、これは制作段階の上で暫定的に使われていたもので正式名称ではない。しかし、OVA『最後のマジカル大戦』や小説版ではこの名前が使われている。放映前に描かれた初期キャラクター設定では、グリグリは『魔神英雄伝ワタル』の忍部ヒミコとそっくりであった。ムックに載せる設定に関し、出版社のラポートがサンライズに対し内容について、ラポート側が制作した設定もある[6]ため了承及び確認を求めたところ、「アニメック(ラポートで出していたアニメ誌)さんが書けばそれがホントになりますから」と半分あきらめたように言われたとのこと。これは『機動戦士ガンダム』における一年戦争終結日(UC79、1月1日)がシナリオではなく、アニメックの設定(正確には富野監督との対談記事)が公式となって商品展開などに反映されたことを踏まえてである。
魔動王グランゾート - Wikipedia (via petapeta)

(via butazuratruk)

16 notes

昨季の年俸は3億円。東京ドームの大観衆の前で、勝ち試合を締めくくるたび、両手を天に向かって突き上げた守護神が今、アリゾナで球拾いをしている。

「日本が恋しいよ。ヤキニク? 『叙々苑』ダイスキ! 上カルビが懐かしい。アリゾナにあるコリアン・バーベキューとは別物だよね。日本の牛肉や米は最高。オレは米国の牛や米は食べない。レンジで温めるパック入りの米を、日本でいっぱい買い込んできたよ」

「昨 年のオフ、巨人に『オジサン』だからもう契約しないと言われた。年俸は安くていいのに。ヤクルトや横浜、パ・リーグにも移籍できないか聞いたけど、どこか らも声がかからなかった。『ナンデ? ナンデ?』とちょっと面食らったね。毎年、一生懸命やって、たくさんのセーブを挙げた。問題も起こさなかったし、 ファンサービスも頑張ってきたんだけど…。悲しかったよ」

「息子が『大リーグで投げる姿が見たい』と言うんだ。日本にも何度か観戦に来た けど、短い間しかいられなかったからね。ただ、ジャイアンツはすごい抑え(ブライアン・ウィルソン、昨季両リーグ最多の48セーブ)がいるし、(40人枠 に)残れるかは分からない。でも日本からオファーがあれば、移籍OKという契約なんだ。できれば日本に戻って、佐々木(主浩)さん、岩瀬(仁紀)、小林 雅、高津(臣吾)さんに次ぐ、5人目の通算200セーブを達成したい」

横浜、巨人を合わせ6年間在籍し、史上6位の通算177セーブという記録を残して日本球界を去ったクルーン。すらすらと先達の名前が出てくるほど、記録への思いは強い。

服 やパソコンなど、ほとんどの荷物は川崎市内の倉庫に預けたまま。日本の携帯電話の料金も払い続けている。自身の短文投稿サイト「ツイッター」に登録する 2000人のうち、9割が日本のファン。多数寄せられる「帰ってきて!」という声に応えて、いつでも日本球界に復帰できる用意がある。”

- あるき亭│ 元巨人クルーンの現状が切なすぎる…… (via l9g)
“昨季の年俸は3億円。東京ドームの大観衆の前で、勝ち試合を締めくくるたび、両手を天に向かって突き上げた守護神が今、アリゾナで球拾いをしている。「日本が恋しいよ。ヤキニク? 『叙々苑』ダイスキ! 上カルビが…” (via ntrs)

(via butazuratruk)

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637 :おさかなくわえた名無しさん :2010/02/25(木) 00:24:25 ID:gRggVM84
以前イベントで知り合ったイタリア人とドイツ2人(あと日本人1人)で、さっきまで呑んでた。
共通語は日本語ね。俺、英語まったくダメだから。
まあ、当たり前だけど、俺とドイツ人2人は集合時間よりちょっと前に集合。
イタリアンはいつだって遅刻。お前の周りだけ時計が30分遅れているのかと言いたくなるほど。
もう1人の日本人は、遅刻の連絡があったので、いつもの居酒屋へ行こう、となったんだけど、
ここでちょっとイタズラをしようと。

居酒屋に入って、自分たちとは別のところに人数分の席を用意してもらって、
俺らの席ということにしておいて、
遅れてきたイタリアンをそこに座らせておいてくれとお願い。
事情を話したら、店長、そういうイタズラ大好きらしくてノリノリ。
人数だけの予約だったのに、コースで頼まないと出さない
刺身の盛り合わせ(尾頭付き)まで用意してくれた。しかも、普通の盛り合わせの料金で。
もちろん、どうせ頼むからってことでピザや焼き鳥も、座ったらすぐに持ってくる手はずも整えた。
遅れてくる日本人にも、仕込みを伝える。


639 :おさかなくわえた名無しさん :2010/02/25(木) 00:26:52 ID:gRggVM84
用意してもらった席が見えるところで、俺ら3人は待機。きっちり30分遅れでイタリアン登場。
席に通されるのを確認。同じ座敷の隣の、衝立の反対側にこっそり移動して、聞き耳を立てる。
ちなみに、こちらから覗くとイタリアンの背中が見えるので、多少は覗いてもバレない。

自分が一番乗りになったことを大喜び。そして、目の前には尾頭付きの刺身。
席まで誘導してくれた店員さんに、一番乗りを自慢し、
「今日はドイツ人がいないから、最初からワイン飲める」
とのたまう。
呑み始めると、ひとりが寂しいのか鼻歌。次々と出される料理を見て驚く。
10分もしないうちに、意味も無く店員を呼んで、
「まだ来ない」と愚痴を言い出し、最終的には尾頭付きの頭に向かって
イタリア語で何かつぶやきだした。
そこに、もう1人の日本人登場。ものすごい笑顔で出迎え、マシンガンのように話し出す。
こっちは笑いをこらえるのに必死。なぜか一緒に店長も居て笑いをこらえてる。お前は仕事しろよ。

で、何か悪口とか聞きだすように頼んでおいたんだけど、もうそんな話はまったくしない。
「みんな早く来ないかな」「僕、嫌われちゃったのかな」「みんなに会えるの楽しみだったのにな」
「1人で飲むワインおいしくなかったよ」とか言い出しちゃって、さすがにかわいそうになったので、
三人で一斉に登場。ついたて一枚だったので、顔だけ出してみたら、もうものすごいビックリしてたw
イタズラだとわかったら、もうなんか笑いながら泣いてんの。
「もう!!ドイツ人と日本人がこんなイタズラするとは思わないよ!
ビール飲もうよ!おさしみおいしいよ!ネー(刺身の頭にむかって)」

いつもよりハイテンションで実は寂しがり屋なイタリア人に和んだ話でしたねすいません(・ω・`)

イタリアンはいつだって遅刻:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via 908908) (via jyamil) (via nagas) (via reretlet) (via kurono) (via snamn) (via lunaryue)
2010-02-28 (via gkojay) (via luft2501)